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生きる意味を考え抜いた成功哲学20年の結論
生きる意味は深い
「生きる意味が分からない」と言う人が沢山います。
「生まれてきた理由が分からない」と言う人もいます。
そんな問いに対して、ネットでは「生きることに意味は無い」と言ったことが書かれていますが、こうしたことを書いている人は、いったいどれだけ真剣に「生きる意味」について考えてきたのか?と言う疑問があります。
おそらく、自分の経験のみで判断している方がほとんどだと思うのですが、そういった素人判断で答えが出るほど、生きる意味を明確に答えることは簡単ではありません。
私は成功哲学を20年以上研究しており、読んだ書籍は2000冊を超えます。
ネットでは明確な答えは見つけられない
私はあらゆる成功哲学の本、あらゆるネット上の情報を徹底的に調べましたが、本当に「生きる意味」について簡潔かつ明確に答えている情報を見つけることはできませんでした。
ですから、私は膨大な成功哲学をあらゆる方向から串刺しにして、理論的に体系的に誰もが理解できるようにこのブログを作ろうと思ったのです。
誰もが思う「生きる意味」という根本的な問いに対して、簡潔かつ明確に答えてくれる人があなたの周りにもいなかったと思いますので、今ここにその答えを用意いたしました。
まずは、ネットに溢れかえっている信ぴょう性のない答えを鵜呑みにするのではなく、成功哲学20年以上の筋金入りの成功哲学マニアが提唱する「生きる意味」について、理解を深めていただければ幸いでございます。
生きる意味のヒントは宗教と成功哲学
生きる意味と言うテーマはとても大きなテーマであり、今の人類の科学力では解決できないことも沢山ありますが、そうした未知なることは昔から「宗教」が解決してきました。
キリスト教、仏教などは2000年以上の歴史があるなど、人類の大きな道しるべになってきたことは間違いありません。
私は成功哲学の研究家ですから、どの宗教にも属しませんが、宗教が説く教えについてはかなり勉強しています。
2000年以上も人類に語り継がれてきた宗教が、何の信ぴょう性もないとは言い切れないのです。
そうした壮大なテーマを踏まえて、生きる意味について説明していきます。
人はなぜ生まれてくるのか?と言う永遠の問い
そう簡単に分かるものではない
「人はなぜ生まれてくるのか?」と悩んでみても、その答えにたどり着くことは容易ではありません。
ネットで「人はなぜ生まれてくるのか?」と検索してみると、検索結果は沢山出てきますが、内容が難しかったり、怪しげな宗教のようだったり、スピリチュアル的だったりと、何を信用していいのかも分からない状態ですよね。
そもそも、「人はなぜ生まれてくるのか?」とか「生きる意味はなんだ?」とか、明確に答えられる人はほとんどいないはずです。
なぜなら、それはこの世界のことを沢山勉強しなければならないからです。
しかし、勉強すると言っても、学校ではまず教えてはくれませんし、そんな塾があるわけでもありません。
お父さんもお母さんも知らないことでしょうし、学校の先生だって会社の上司だって知らないのです。
人類史上最高の天才はゴータマ・シッダールタ
じゃあ、誰が知っているのかと言いますと、私が知る限り、「人はなぜ生まれてくるのか?」「生きる意味とは何なのか?」を確実に、明確に知っていた人は「ゴータマ・シッダールタ(釈尊)」です。
私が20年の成功哲学を研究してきた一つの結論として、人類で最も偉大な人は誰かと聞かれたら、私は「ゴータマ・シッダールタ(釈尊)」だと答えます。
「ゴータマ・シッダールタ(釈尊)」は2500年前にインドで生まれ、仏教を開いた人なのですが、「ゴータマ・シッダールタ(釈尊)」の教えには2500年経っても人々を動かすとてつもない悟りのパワーがあるのです。
「ゴータマ・シッダールタ(釈尊)」は厳しい修行の中で深い瞑想状態に入り、この宇宙の本当の姿を見ることができたのです。
そして、「人間が生きる意味とは何か?」「人が生まれてくる理由とは何か?」と言う問いに完璧に答えているのです。
宇宙ができた理由
ビッグバン理論は本当か?
まず、「生きる意味」を知るためには、この宇宙のことを知らなければなりません。
なぜなら、私達が生きているこの地球は、宇宙空間の中に漂っているからです。
地球が宇宙空間に漂っていると言うと語弊があるかもしれませんが、太陽系だってこの宇宙空間に漂っているのです。
私達人類は、未だに宇宙のことをほとんど何も知らない状態なのですが、それは単に人類の科学力がまだまだ未熟だから解明できていないのであり、「ゴータマ・シッダールタ(釈尊)」は科学の力ではなく、悟りの力でこの宇宙の真理を見抜いてしまったのです。
科学者達は、宇宙は137億年前にビッグバンと言う現象によってこの宇宙が誕生したと言う説を唱えていますが、じゃあ、その前には何があったのでしょうか?
そもそも、ビッグバンで宇宙ができると言うことは、爆発したら太陽系ができて地球ができて人類ができました、と言うことなのですが、それはちょっと無理があるのではないかと思います。
ビッグバンで宇宙ができるのは無理がある!
爆弾を落としたら、東京と言う大都市ができました。
そこには地下鉄もありショッピングモールもあり、完璧な人間社会が営まれていました。
なんてことがあるわけないのです。
ビッグバンが起こった時は、文明なんてものはなかったでしょうから、いきなり東京が出現するわけはないのですが、私が言ってるのは、爆発によって東京と言う街を出現させるだけでも困難なのに、この太陽系システムとか生命システムを作りだしたと言う、とてつもないテクノロジーが爆発によってできるとは到底信じられません。
東京と言う大都会が出現することに比べて、太陽系を作りだすことは、次元違いに難しいはずなのです。
現に人類は東京と言う街を作りましたが、細胞の一つを生み出すことすらできていないのです。
ですから、本当はビッグバンによって宇宙空間ができたと言うのはちょっと違うと思います。
本当の宇宙の創造
私が研究した結果としては、宇宙は137億年前よりも遥か前から、物質としてではなく、思考、意志として存在していたと言うことです。
つまり、この宇宙空間を創造する意志が、ずっと前から存在していたと言うことです。
その宇宙創造の意志は、宇宙空間の構想に6000億年も時間を費やしていたのです。
6000億年と言われてもピンと来ないかもしれませんが、宇宙はそれくらい昔から思考、意志として存在していたと言うことです。
こうした存在を、宗教では「神」と言うのですが、確かに「神」としか言いようがありませんよね。
地球ができた理由
物質界という特別な世界
宇宙空間を創造した意志、つまり「神」は、太陽系と言うシステムを作りあげました。
なぜ、太陽系システムを作りあげたのかと言いますと、物質界と言う世界を作りたかったからです。
「物質界」とは何かと言いますと、私達が住んでいる世界のことでして、形や物が目に見えたり、触ったりできる世界のことです。
実は、137億年前の宇宙には物質界がなくて、宇宙は想念の世界だけがあったのです。
想念の世界とは、物質ではない思考や意志といったエネルギーの世界です。
それは私達の物質界とはちょっとルールや仕組みが違っているので、理解することができないのですが、そういう世界が宇宙だったと言うことです。
その世界にも無数の生命体がいるのですが、思考や意志のエネルギーの世界では、そうした生命体がなかなか進化しないと言う弱点があったのです。
ですから、そういった生命体をどんどん進化させていくために、宇宙の神は物質界を作ろうと思ったのです。
そして、6000億年の構想を経て、137億年前にビッグバンが起こり、物質界ができあがった、と言うことなのです。
地球は宇宙の進化に関わる
つまり、地球ができたのは、エネルギーだけの生命体がもっともっと進化できるように、物質界を通じて様々な経験ができるフィールドとして、神が作りあげたのです。
ですから、地球には、宇宙からやってきた様々なエネルギー体が体を与えられ、体に宿って様々な経験を積んでいるのです。
人間も動物も、植物も鉱物も、この地球にある全ての物質には、宇宙の生命エネルギーが宿っているのです。
人類が創られた理由
霊的進化を加速させるため
宇宙の神が地球に人類を創ろうと思ったのは、この物質界ではない宇宙の世界に既に人類(霊的人類)がいたからです。
この「物質界」は、別名「この世」とも呼ばれていて、物質ではない宇宙の世界は、別名「あの世」とも呼ばれています。
しかし、この世からも宇宙は見えていますが、宇宙は「あの世」には見えませんよね。
それは、私達人類は「物質界」と言う特殊な眼鏡をかけているので、その眼鏡で宇宙を見ても、見えるのは「物質界」であり、宇宙の本当の姿である「あの世」を見ることはできないのです。
ですから、人が死んで「物質界」の眼鏡が外れると、この宇宙空間は全く別の世界に見えるのです。
それが「あの世」と言う広大な世界なのです。
そして、神がなぜこの物質界に人類を創ったのかと言いますと、あの世にいる人類(霊体)は、宇宙の仕組上、進化することがとても難しいからです。
なぜなら、天国と呼ばれる世界で毎日が楽しかったら、修行にはなりませんよね。
あの世では成長が難しい
問題は、天国と言う世界が楽しくて幸せなので、誰もがのんびりしてしまい、霊的人類が進化しないと言うことなのです。
そこで神は、霊的人類が効率的に短時間で進化できる環境を作ろうと考え、この地球を物質界として、霊的人類の修行の場所、つまり魂の修行の場所として、人類を創りこの地上に魂を送り込むシステムを作ったのです。
転生輪廻の仕組み
あの世の光景
「人は死んだら終わり」と言う考え方がありますが、人は死んだら終わりません。
なぜなら、人間は「この世」と「あの世」に存在しているからです。
「あの世」にいる人間とは、体はありませんが、体のような霊体はあります。
霊体は物質ではありませんが、感覚はしっかりとあるのです。
「あの世」と言う世界は、「天国」とか「極楽浄土」とか言われていますが、日本で言うならば、例えば長野県の美ヶ原とか、安曇野とか、あんな感じの鳥肌が立つほど素晴らしい場所なのです。
しかし、一方では、悪想念が作りあげた「地獄界」と言う世界もあります。
地獄界の仕組み
ここはもう最悪な世界でして、人が殺し合ったり、大きな釜でゆでられたり、鬼に食べられたり、目をくりぬかれたり舌を抜かれたりしています。
地獄では既に人は死んでいますので、肉体として死ぬことはできませんが、霊体としては何度も死んで、何度も蘇るのです。
そして、それは何度も何度も死の苦痛を味合わなければならないと言うことです。
この世で殺人を犯した人は、地獄で鬼に何度も殺されます。
この世で情欲に溺れた人は、血の池地獄で醜い獣のようになります。
人生から逃れ自殺をしてしまった人は、天国にも地獄にも行けずに、真っ暗な闇の中、独りぼっちで何十年も孤独に耐えなければなりません。
あの世を信じられない理由
私達がこの世を去る時、待っているのは「あの世」と言う世界であり、それは善人は天国に帰れるのですが、罪を犯した人は地獄に落ち、自殺をした人は天国にも地獄にも行かずに真っ暗な世界で孤独と闘わなければならないのです。
こうした話はにわかに信じられないかもしれませんが、なぜ信じたくないのかと言いますと、脳がめんどくさがり屋だからです。
脳はめんどくさいことを考えたくはないのです。
ですから、霊だのあの世だの「そんなのアホらしい」と考えれば、脳は怠けることができるのです。
つまり、霊だのあの世だのを考えると、これまで生きてきた100倍くらいの頭の回転力が必要になりますので、脳が怠けたいがために「そんなのアホらしい」「私は騙されない」と正当化して、脳が怠けようとしているのです。
ですから、そんな脳の怠慢に耳を傾けずに、私達は人生の真相を勉強しないとダメなのです。
転生輪廻の仕組み
人間は「あの世」で暮らしていたのですが、魂の修行のために「この世」に生まれてきます。
そして、魂の修行を終えるとまた「あの世」に帰るのです。
そして、再び修行をしにこの世に生まれてくるのです。
これを「転生輪廻(てんしょうりんね)」と言います。
これが、人間の魂進化システムの全体像なのです。
人生が上手くいかない理由
「この世」は、魂の修行のためにあると言うことですから、修行をするためには、人生が楽しいことばかりでは意味がありません。
筋トレをするとき、筋肉に負荷をかけることで筋肉は強化されていくのと同じで、魂は辛いこと、大変なことを経験するほどに進化するように出来ているのです。
ですから、もし、あなたの人生がいつも大変なことばかり起こる、辛いことばかり起こる、と言うのであれば、あなたの人生はかなり成功していると言うことなのです。
逆に言うと、人生が上手く行きすぎている人と言うのは、魂的に見れば、この世に何をしに来ているのか分からないと言うことなのです。
そう言ってしまうと、この世では幸せになってはいけないのかということになってしまいかねませんが、そうではありません。
人はこの世で幸せになっていいですし、幸せになるために努力をすることは大切なことなのです。
しかし、その幸せがどんなものであるのかを、しっかりと定義する必要があるのです。
人間の幸せとは、お金持ちになることでもなければ、有名になることでもありません。
いい大学に行くことでもなければ、いい会社に入ることでもありません。
そんなことはどうでもいいことなのです。
人間の幸せとは、「天国に行ける生き方をこの世でする」と言うことです。
天国に行ける生き方とは、「人に優しくする」「思いやりを持つ」「社会に貢献する」「全ての人、物を愛する」「感謝する」「喜ぶ」「楽しむ」と言うことです。
もちろん、何も考えなければ、この世は理不尽ですし、嫌なことがいっぱいありますから、そんな厳しい世界で、「人に優しくする」「思いやりを持つ」「社会に貢献する」「全ての人、物を愛する」「感謝する」「喜ぶ」「楽しむ」ということをやるのは難しいことでしょう。
だからこそ、修行になるのです。
それが魂の修行と言う目的を達成するために仕掛けられたカラクリなのです。
幸せに生きるコツ
だいたい、生きる意味が分かってきたでしょうか?
しかし、生きる意味が「魂の修行」だと言うことが分かったとして、どうやって幸せに生きられるのか、と言うことを明確にしなければなりません。
それはもう、ここまでお読みになってくださったあなたには、簡単なことだと思います。
これまで、「生きる意味が分からない」と言っていた人は、ここまで読んでくだされば、「生きる意味とは魂を修行することだ」と言うことが分かっていただけたと思います。
しかし、魂の修行すると言われても、目の前の嫌な現実をどうしたらいいのか?と言うことが分からないかもしれません。
それならば、こう考えてください。
あなたはいつか、今世の寿命が終わると、天国に帰ります。
天国では、あなたより先に亡くなったみんながあなたの帰りを待っているのですが、その時にあなたは得意気に自分の波瀾万丈な人生を自慢することができます。
まるで映画の主人公のように、どんなピンチがあって、それをどう勇敢に乗り越えたのか、みんなあなたの武勇伝を聞きたくてうずうずしているのです。
「自分は醜くて学校でもいじめられ、親からも虐待を受けて、人生に絶望したけど、だからこそ、人の痛みが分かるようになり、傷ついて倒れそうな人に寄り添うことができた」
そんな人生を送ったとしたら、それは本当に感動的な人生だとは思いませんか?
これが魂の修行の意味なのです。
逆境や困難があればあるほど、立ち向かい、それを乗り越え、人生を謳歌することが「あなたの生きる意味」なのです。
まとめ
人は魂を向上させるために生まれてくる。
生きる意味とは、自分の魂を向上させることである。
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